
「コメは誰が育てるのか」──富山の農家が語る“令和の米騒動”の本質
「自分たちは政府に“だまされた”ようなものだ」──そう語るのは、富山県で40年以上稲作に携わってきたベテラン農家の男性だ。米価の高騰と政府の備蓄米放出で揺れる「令和の米騒動」。その裏には、長年にわたる減反政策と現場の疲弊、そして政策の矛盾があった。
全国で開催されている「ごはん会議」。講師は東京大学大学院特任教授の鈴木宣弘氏。会場には生産者も多く集い、熱気を帯びた議論が繰り広げられる。その中で富山の一農家が語った言葉には、全国の稲作農家が抱える“怒り”と“諦め”がにじんでいた。
減反政策が生んだ“今のコメ不足”
「コメが足りない?そんな話が出るなんて、本当にやりきれない」
男性はそう言って目を伏せた。1970年代から続いた減反政策。コメの生産過剰を防ぐため、政府は農家に対して生産を減らすよう促し、代わりに補助金を出してきた。当初は農地の一部に大豆や大麦を作る程度だったが、次第に減反率が上がり、赤字覚悟で飼料米や備蓄米を作る農家が増えた。
「減反に協力してきた分、うちでは備蓄米を毎年250俵ほど出荷してきた。でもその買取価格は1俵あたり1万円。市場価格の半分以下ですよ。しかも、政府がその備蓄米を“米価を抑えるため”と言って2万円で放出していたと聞いたときは、もう、悔しくて……。まるで農家を利用した転売じゃないですか」
と、声を震わせる。
高齢化と担い手不足、支えるもののなさ
この男性が営む農地は個人で7町、営農組合では13町。地域では70代以上が主力だ。年金を頼りに細々と続ける農家がほとんどで、若い人が農業を始めるにはあまりにもリスクが大きいという。
「年収で150万円~200万円。時給にしたら10円だよって笑い話みたいに言うけど、現実は笑えない。2町とか3町で農業をやったら完全に赤字。この環境で“後継者を育てよう”なんて到底ムリです」
しかも、農機具の維持も大きな壁だ。田植機やコンバインなどは数百万円単位。使用頻度は年に数日だが、壊れれば即大損失。
「機械の故障が引退のきっかけになる。それくらい今の農業はギリギリの綱渡りなんです」
「国に協力してきたのに」──備蓄米放出に怒りの声
「今年はまだ農協から備蓄米の買い取り価格の連絡が来ない。農家の怒りが分かってるから、言い出せないんでしょうね」
政府は米価の安定を掲げて備蓄米を放出したが、その価格は1俵2万円以上だった。農家から半額で買い取った米が、市場で高値で流通する。しかも、ほとんどの落札を行ったのはJA全農だ。
「今まで米価が安く抑えられてきたのは、誰かが安く買いたたいていたからだと思ってた。でも結局、全農がその役を担ってたんじゃないかと疑いたくなる」
「米価を安く抑えたい政府と、資金力で独占する全農。この構図が、長年の“安いコメ”を支えてきたってことなんでしょう」
規模拡大の落とし穴
国は規模拡大による効率化を進めてきた。田んぼを広く整備し、作業の省力化を図る「基盤整備」も進められた。
「確かに効率は上がった。でも、その分、1反あたりの収量は落ちてるんです。広い田で細やかな肥料の管理なんてできないから、一発肥料で済ませることが増えた。結果、7~8俵しかとれない。昔みたいに手をかければ9俵とれるんですよ」
また、大規模化で手が行き届かなくなり、虫や病気の被害も出やすくなるという。結局、全国規模で考えたときに、本当に「効率的」な農業になっているのか、疑問が残る。
支援なき農政に未来はあるのか
この農家は最後にこう語った。
「“自由競争”の名の下で農業を切り捨ててきたのが日本の農政です。でも、もう限界がきてる。今からでも遅くない。しっかりした価格保証、機械の更新補助、そして“農家として食っていける”体制をつくらなきゃ、米を作る人はいなくなりますよ」
「国民に対しても無責任だと思う。『備蓄米を放出しました』って言っておきながら、なんで米価が下がらないのか、誰も説明しない。この矛盾は、農家だけでなく、国民全体が感じているはずです」
かつて、食卓の真ん中にはいつも「ごはん」があった。だが今、その“当たり前”が崩れようとしている。令和の米騒動は、単なる米価の話ではない。農政のゆがみ、そして「食べる」ということの根本を問う警鐘なのかもしれない。
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