
「ナフサは足りている」のに、なぜ値上げ・減産・受注停止が起きるのか
政府は「ナフサ由来の化学品は国内需要の少なくとも4か月分を確保している」と説明してきました。内訳は、すでに調達済みの輸入ナフサと国内精製で約2か月分、そして「川中製品(ナフサから作られた中間製品)の在庫」約2か月分を合算したものです。さらに中東以外からの輸入を加速し、在庫を活用できる期間を延ばす方針も示しています。
一方で現場では、住宅設備大手TOTOがユニットバス・システムバスの新規受注について「受注方法での受注見合わせ」を公表し、部材不足が受注システム上の処理を難しくしていると説明しました。生産・出荷は継続しつつも、「注文そのものが通らない」状態が起きた格好です。
さらに食品の世界でも異変が見えます。カルビーは、印刷インクなどの調達が不安定になっているとして、主力14商品のパッケージを白黒2色に絞る“モノトーン化”を一時的に実施し、5月25日の週から店頭に並ぶ見通しだとしています(中身には影響なし)。
この「政府発表と実態のギャップ」は、結論から言えば“総量”と“使える形・場所・タイミング”が違うことに尽きます。数字上は足りていても、工場のラインは止まり、企業は値上げに動く。そこには石油化学のサプライチェーン特有の詰まり方があります。
4か月分のカラクリ:「ナフサ」ではなく「ナフサ相当」を積み上げている
政府側資料が示す4か月分は、ナフサそのものの在庫だけを積んだ話ではありません。すでに調達済みの輸入ナフサ+国内精製で約2か月分に加え、川中製品の在庫約2か月分を足して「少なくとも国内需要4か月分」と説明しています。
ここが誤解を生みます。川中製品は、ポリエチレンや溶剤など「すでに特定の用途に向けて加工された素材」です。ナフサに“戻す”ことはできません。言い換えると、冷蔵庫に食材が入っていても、欲しい献立に必要な材料が偏っていれば夕飯は作れない。今起きているのは、それに近い事態です。
加えて、政府自身も「供給の偏り」や「流通の目詰まり」を認識していると繰り返し述べています。つまり、総量の議論とは別に、どの地域のどの工場へ、どのグレードの原料が届くかという“配り方”がボトルネックになっているわけです。
川中製品とは何か――「ナフサ相当」と言っても、ナフサには戻らない
ここで言う川中製品とは、ナフサを原料にして作られる中間段階の化学製品のことだ。政府資料でも、川中製品を「ナフサから作られる中間段階の化学製品」と位置づけ、代表例としてポリエチレンなどを挙げている。
ポイントは、川中製品は「在庫がある=何でも作れる」ではない、という点だ。川中製品はすでに樹脂や溶剤など、用途や品質規格に合わせた“形”になっている。だから、そこから逆算して「必要な分だけナフサに戻す」といった融通は効かない。政府が4か月分の内訳に川中製品の在庫2か月分を含めるのは、ナフサ精製が仮に止まっても一定期間は供給を維持できる、という“見立て”に基づく。
ただし現場で起きるのは、総量不足というより偏りと目詰まりだ。たとえば市場全体では「樹脂在庫はある」ように見えても、工場が必要とするのがポリプロピレンなのに、在庫の中心がポリエチレンなら生産は止まる。しかも川中製品は種類が多く、在庫が何か月分あるかは製品ごとに違うため、政府資料でも「各川中製品によって製品在庫の期間は異なる」と注意を促している。
この“融通の効かなさ”が、「政府は足りていると言うのに、企業は止まる・値上げする」というギャップの正体だ。数字上は「ナフサ相当ベース」で4か月分でも、現場は「必要な工場に、必要な形の原料が、必要な順番で届くか」で動いている。政府側も、石油は全体として足りていても流通段階で目詰まりが起きると認め、対策強化を打ち出している。
「在庫があるのに止まる」最大の理由は、工場が欲しいのは“その部材”だから
TOTOのケースは象徴的です。4月13日の告知で同社は、通常の生産・出荷は続ける一方、一部部材不足により受注システム上で注文が適切に行えないとして、新規受注の扱いを一時的に見合わせると説明しました。これは「需要がないから止めた」のではなく、「必要な部材が欠けて注文処理が成り立たない」ことで起きたストップです。
石油化学は“代替が利きにくい”世界でもあります。たとえば接着剤や塗料、コーティング材、印刷インクは、原料が「ナフサ由来の溶剤・樹脂」であることが多く、規格や安全基準、製造条件が絡むため、急に別素材へ置き換えにくい。結果として、サプライチェーンのどこか一段で詰まると、川下の製品メーカーは値上げか、減産か、仕様変更でしのぐしかなくなります。
カルビーがパッケージを白黒2色に絞るのも、この“しのぎ方”の一つです。色数を減らせば、必要なインク原材料の種類や調達負荷を下げられる。品質は維持しつつ、出荷を止めないための現実的な妥協と言えます。
「エタンへ切り替えればいい」が通用しにくい事情:ナフサクラッカーは“連産品”の工場
海外では、原料をナフサからエタン(天然ガス系)へ寄せてコストを下げる動きがあります。ただし日本のナフサクラッカーは、エチレンだけでなく、ブタジエンやイソプレンなどC4・C5と呼ばれる化合物も“連産品”として取り出します。これらはタイヤなどの合成ゴム、特殊樹脂の重要原料です。
エタン由来のプロセスはエチレン中心になりやすく、C4・C5が同じ形で出てこない。だから「ナフサが足りないならエタンへ」という単純な置き換えは、別の原料不足(たとえばゴム原料)を新たに招きかねません。ナフサは日本の産業構造に深く組み込まれていて、切り替えは“化学品のセットメニュー”ごと変える話になるのです。
影響が一気に見えない理由と、これからの「生活への出方」
供給ショックの初動で目立つのは、実は川上の大企業ではありません。川上は在庫や調達力で時間を稼げる一方、川中・川下は品目が細かく、在庫余力も小さい。帝国データバンクは、ナフサ由来の基礎化学品を起点とする商流を分析し、二次流通まで含めると全国約4万7000社がサプライチェーンに連なるとしています。供給制限や高値が続けば、中小製造業の経営を圧迫し、価格を通じて生活にも影響が及ぶ可能性がある、という警告です。
政府側も、インク原料となる合成樹脂や溶剤は在庫活用や輸出減などで「国内需要に応じた必要量を供給できている」と説明します。ですが、ここでも“総量”と“個別現場”の差が残ります。国内全体で帳尻が合っても、必要な企業に必要なタイミングで届かなければ、現場は止まる。
消費者に来る影響は、店頭から突然すべてが消えるより、先に「小さな違和感」が積み重なる形になりやすい。パッケージの簡素化、値上げ、納期遅れ、仕様変更、そして一部商品の静かな終売。TOTOやカルビーの動きは、その“最初の見えやすい兆し”です。




















