京大病院、iPS細胞使った1型糖尿病治療の治験を開始 2030年代実用化目指す

iPS細胞で1型糖尿病治療に新たな一歩 京大病院が世界初の治験を開始

1日数回のインスリン注射を余儀なくされる1型糖尿病患者にとって、将来“注射のいらない日常”が訪れるかもしれない。京都大学医学部附属病院は14日、人工多能性幹細胞(iPS細胞)を用いた新しい治療法の臨床試験(治験)を開始したと発表した。初の患者への移植は今年2月に行われ、術後経過は良好。研究チームは2030年代の実用化を見据え、慎重にステップを踏みながら治験を進める。

1型糖尿病とは──国内に約12万人が抱える課題

1型糖尿病は、免疫の異常によって膵臓の中にあるインスリンを分泌するβ細胞が破壊され、血糖値の調整ができなくなる自己免疫性疾患だ。発症すると患者は1日に数回、インスリン注射を打ち続ける必要がある。主に子どもから若年層に多く、国内の患者数は約12万人。現代医療では根治が難しく、患者の生活は多大な負担を伴う。

健康な人のiPS細胞から「インスリン産生細胞」を作製

京都大学病院が今回の治験で挑んだのは、他人のiPS細胞から作製した膵島(すいとう)細胞をシート状に加工し、1型糖尿病の患者の体内に移植するという前例のないアプローチだ。

治験で使われた細胞シートは、神奈川県の再生医療ベンチャー「オリヅルセラピューティクス」が製造したもので、サイズは数センチ四方。患者の腹部の皮下に移植することで、膵臓の代わりにインスリンを分泌し、血糖値を安定させることを目指している。

1例目として手術を受けたのは40代の女性患者。移植手術は2月に行われ、術後の1か月間、重大な副作用や拒絶反応などは確認されていない。患者はすでに退院しており、安全性の面で一定の成果があったとみられている。

治験の焦点は「安全性」から「有効性」へ

今回の治験はまず安全性の確認が目的だが、順調に進めば今後2人の患者にも同様の移植を実施する計画だ。治療効果(有効性)や長期的な経過観察も含めて総合的に評価したうえで、最終的には2030年代前半の実用化を目指すという。

矢部大介教授(京都大学大学院医学研究科・糖尿病・内分泌・栄養内科学)は、「大きな問題が起きず、現段階では『成功』と評価できる。注射の必要がなくなることは、患者にとって日常の負担を大きく減らす。新しい希望になる治療法だ」と期待を込めて語った。

世界的にも注目の動向、国際競争も激化

iPS細胞を使った糖尿病治療の研究は、日本だけでなく米国や中国などでも進められており、国際的な競争が激しさを増している。中でも日本は、山中伸弥教授(京大iPS細胞研究所名誉所長)が2006年にiPS細胞を世界で初めて樹立して以来、研究と応用の両面で世界をリードしてきた。

しかし、その先行性を維持しつつ、商用化や量産体制の確立に向けたハードルも多い。再生医療は高コストかつ規制も厳しい分野であるため、医療機関や企業、政府が一体となった取り組みが求められる。

患者にとっては“生活が変わる”技術

今回の治験は、従来のインスリン治療とは異なり、細胞そのものを「補う」ことで病気の根本的な原因にアプローチする試みだ。治療が成功すれば、患者はインスリンの自己注射から解放され、血糖コントロールの負担も大きく軽減される可能性がある。

実際、1例目の患者の治療過程を見守った医療関係者の一人は、「患者さんが『毎日の注射から解放されるかもしれない』と希望を語る姿は印象的だった」と語っている。

再生医療の未来が動き出す

京大病院による今回の治験は、iPS細胞による1型糖尿病治療の“夜明け”とも言える出来事だ。もちろん、まだ実用化には多くの課題が残るが、一歩一歩の前進が患者たちの未来を変えていく。

医療の未来を切り開くこの挑戦は、今後も世界中の研究者、患者、そして社会全体の注目を集めていくことになるだろう。

iPS細胞使い1型糖尿病の治療 京大病院が治験開始を発表

関連記事

おすすめ記事

  1. 2025年以降に予定されている増税・負担増のリストを作りました。 以下は画像を基に作成した「…
  2. 手ぶら観光の裏側で起きた“想定外”の迷惑行為 世界遺産・平等院が荷物預かりを中止した理由 観…
  3. 2025年7月、いよいよ参議院選挙が実施される。この選挙は、日本の立法府における重要な役割を果たす…
  4. 大阪で拡大する“民泊マンション” 住民からは「制度に欠陥」と不安の声 訪日観光客の急増ととも…
  5. 中国のブイ撤去も日本政府の無策が残した禍根 沖縄県・与那国島の南方海域に設置されていた中国の…

新着記事

  1. 副首都構想のいま—維新は何を実現したいのか 日本維新の会が掲げる「副首都構想」は、東京一極集…
  2. 台湾・国史館の機密解除 「便衣」潜入と“相互不侵”を示す電報群 台湾の国史館(國史館)と台湾…
  3. [ays_poll id=8] …
  4. 参院選で示された「減税」への圧倒的な民意 7月20日に投開票が行われた参院選では、ガソリンの…
  5. 日本のODAは10年で36兆円超に増加
    日本のODA支出は10年で36兆円規模へ 日本政府が海外に対して行ってきた政府開発援助(OD…
  6. 中国大使館が呼びかける「中国人襲撃への警戒」 在日中国大使館が8月18日に発表した注意喚起が…
  7. 重要な土地を外国資本に奪われるリスク 政府の動きの遅さが招く“静かなる有事” 政府が初…
  8. 米ペンシルベニア州USスチール工場で爆発 死者2人・負傷10人 日本製鉄傘下で発生 米国東部…
  9. 日本移住で大学まで学費無料?中国で密かに広がる“教育支援”悪用の動き 厚生労働省の統計によれ…
  10. 日米関係に新たな火種か 米国が日本製品に15%の追加関税を発動 「合意」との齟齬に懸念広がる …
ページ上部へ戻る