トランプ大統領『日韓の対米投資は前払い』発言
- 2025/9/28
- 海外情勢

トランプ氏「前払い」発言で日韓に波紋 3500億ドル・5500億ドル投資交渉の行方
2025年9月25日、ドナルド・トランプ米大統領はホワイトハウスで記者団に対し、日本と韓国が巨額の対米投資を「前払い(upfront)」で実行すると発言した。具体的には、日本から5,500億ドル、韓国から3,500億ドルを受け取ると明言したが、この発言は日韓両政府の理解と食い違いがあり、特に韓国では強い困惑が広がっている。
発言の内容と狙い
トランプ氏は「日本は5,500億ドル、韓国は3,500億ドルを支払う。これは前払いだ」と述べ、即時性を強調した。彼の発言には交渉上の優位性を確保しようとする意図があるとみられる。巨額の投資が既に決まっているかのように公言することで、相手側に圧力を加える効果を狙ったと解釈できる。また、投資が即座に米国経済に流入するような印象を演出し、国内の有権者に「成果」を示す狙いも透けて見える。さらに、日本との間で既に締結した覚書を前例として引き合いに出し、韓国にも同様の条件を受け入れさせたいという思惑もあったと考えられる。
ただし、日本との覚書に「前払い」という文言は存在しない。覚書では、米国がプロジェクトを選定し、その通知を受けてから45日以内に資金を拠出する仕組みが定められている。したがって、トランプ氏の発言は実際の取り決めを誇張して表現したものと受け取れる。
韓国政府の反応と懸念
韓国政府は即座に反応し、「一括投資を検討したことはない」と明確に否定した。韓国側は、資金を一度に支払うのではなく、米国から資金要請(いわゆるキャピタル・コール)があった場合にのみ応じて段階的に拠出する方式を前提としている。また、投資の大部分を直接的な現金投入ではなく、融資や保証の形に切り替えることで、自国の財政的リスクを減らしたい意向も示している。
さらに、プロジェクトの商業的な実行可能性を担保する仕組みを設けることが不可欠だと主張し、不採算の事業に巻き込まれることを避ける姿勢を明らかにした。李在明大統領はロイターのインタビューで「もし米国の要求どおりに3,500億ドルを現金で一括投資すれば、通貨スワップがなければ1997年の通貨危機と同じような状況に直面しかねない」と強い危機感を示した。韓国の外貨準備高は約4,100億ドルであり、3,500億ドルという金額はその8割を超える。もし短期間に資金が流出すれば、韓国の金融安定は大きく揺らぎかねない。
日本の対応
一方の日本は、すでに米国と5,500億ドル規模の投資枠組みに関する覚書を交わしている。ただし、その内容は段階的な資金拠出を前提としており、米国が通知したプロジェクトに対して45日以内に資金を振り込む形となっている。米国側にプロジェクトの選定権が集中している点や、利益配分が米国に有利になり得る点については懸念もあるが、日本政府はトランプ氏の「前払い」発言に対して正面から反論することを避け、公式なコメントを控えている。実務上は段階支払を前提とした姿勢を維持しており、発言をそのまま受け入れる余地は小さい。
交渉の焦点と課題
交渉の核心は、支払方式を一括とするか段階的とするか、投資形態を直接現金に限定するか融資や保証を併用するか、案件選定の主導権をどちらが握るか、さらに金融安全網をどう担保するかという点に集約される。米国は即時の現金投資を重視する姿勢を示しているが、日韓双方は段階的支払と融資の併用を主張し、リスク分散を図ろうとしている。韓国は特に金融危機の再来を避けるため、通貨スワップなどの金融安全網を不可欠の条件としているが、米国側は慎重な態度を崩していない。
争点 | 米国側の主張 | 日韓側の懸念 | 主なリスク |
---|---|---|---|
支払方式 | 一括前払い | 段階支払方式を堅持 | 流動性逼迫 |
投資形態 | 現金による直接投資重視 | 融資・保証併用希望 | 回収リスク |
案件選定 | 米国主導で決定 | 商業合理性を担保要求 | 赤字案件への巻き込み |
金融安全網 | 米国はスワップに慎重 | 通貨危機回避のため必須 | 信用不安 |
市場・メディアの反応
国際メディアは一斉に反応を示した。ロイターは韓国側の理解と矛盾すると報じ、韓国政府が「一括投資を考えたことはない」と反論していると伝えた。韓国の主要紙は、米国が条件を次々に変更しているとして「ゴールポストをずらしている」と批判した。
金融市場でも、韓国の外貨準備の大半が流出する可能性は投資家にとって重大な懸念となり、ウォン相場や国債市場の不安要因になりつつある。日本側では即時的な危機感は小さいものの、巨額資金の拘束による長期的な影響が警戒されている。
今後のシナリオ
今後の展開は複数のシナリオが考えられる。最も現実的なのは、両国が譲歩しあって段階的な支払を基本としつつ、米国が求める「即時性」に一定の形で応える妥協的な合意である。また、日本案件を先行して確定させ、韓国については調整を長期化させる分割合意の形もあり得る。交渉が決裂すれば、韓国が金融安定を優先して米国の要求を拒否し、結果的に関税交渉や市場アクセス協議だけが進む可能性もある。逆に米国がさらなる圧力を強め、追加の条件を突き付ける場合には、交渉がさらに長期化し、韓国のリスクが増大するだろう。
トランプ大統領の「前払い」発言は、実際の合意内容を正確に反映したものではなく、交渉上の戦術として誇張された表現である。しかし、日韓両国にとって3,500億ドルや5,500億ドルという規模はあまりに大きく、交渉の行方は自国の金融安定や経済主権に直結する問題である。今回のやり取りは単なる数字のやり取りを超え、日米韓三国の関係における主導権争いと信頼性をめぐる力学を浮き彫りにした。
今後の協議の結果次第では、アジアの金融市場や同盟関係の安定性に長期的な影響が及ぶ可能性が高い。