
日本の高校無償化制度の現状
現在、日本では「高等学校等就学支援金制度」により、世帯年収910万円未満の生徒は国公私立を問わず授業料の支援を受けている。この制度は2010年に導入され、公立高校の授業料は実質的に無償化されている。また、私立高校に通う生徒についても、支援金が支給され、都道府県によっては追加の補助金制度が設けられているため、多くの生徒が学費の負担を軽減されている。つまり、すでに低所得層の家庭では授業料の負担は大幅に減少している。
しかし、今回の政策変更では、世帯年収910万円以上の家庭にも高校無償化を拡大することが検討されている。これにより、高所得層の家庭にも授業料の負担軽減が行われることになるが、教育格差の是正につながるのか、それとも別の問題を引き起こすのかが議論されている。
韓国の事例に学ぶ教育費と少子化の関係
韓国では、家庭の収入の約9.2%が子ども一人当たりの教育費に充てられており、これは世界的に見ても非常に高い水準である。この「教育熱」は、「ステータス外部性」と呼ばれる現象によって引き起こされている。親は、他の家庭が教育にどれだけ投資しているかを考慮し、自分の子どもにより多くの教育費をかけようとする傾向がある。研究によれば、この外部性がなければ韓国の出生率は28%高くなる可能性があるとされている。
この現象は日本でも見られる可能性がある。今回の高校無償化政策により、高所得層の家庭が授業料で浮いたお金を塾や習い事に回すことで、教育競争が激化する可能性がある。これが日本の少子化問題にどのような影響を与えるのか、慎重に検討する必要がある。
高校無償化がもたらす可能性のある影響
現在、世帯年収910万円未満の家庭では、すでに高校の授業料はほぼ無償化されているため、今回の政策変更の恩恵を受けるのは主に高所得層である。その結果、無償化によって浮いた資金が塾や習い事に回される可能性が高く、教育費の競争が加速する懸念がある。
特に、高所得層の家庭が積極的に教育投資を進めることで、「周りが塾に通わせているなら、うちの子も通わせないといけない」といった心理が働き、結果的に中所得層・低所得層の家庭にも教育費の負担が増す状況が生まれる可能性がある。これにより、若い世代が「子どもを持つには教育費がかかりすぎる」と考え、少子化がさらに進行する可能性がある。
公立教育への投資の必要性と費用の比較
中室氏は、教育費負担の軽減策として、私立高校を含めた無償化よりも、公立学校への投資を強化することを提案している。文部科学省の「学習費調査」(令和5年度)によると、高校まで全て公立に通った場合の学習費総額は約596万円(年間約40万円)であるのに対し、全て私立に通った場合は約1976万円(年間約130万円)とされている。
このデータからもわかるように、私立高校の学費は公立に比べてはるかに高額であり、公立高校の教育を充実させることが、全体的な教育費負担の軽減につながる可能性が高い。公立高校の教育環境を整備し、個々の子どもの能力を最大限に伸ばせるような施策を講じることで、家庭の経済的負担を抑えながら質の高い教育を提供できる。
教育費負担を抑えるための方向性
教育費の負担を単純に無償化によって軽減するのではなく、教育に対する過度な競争意識を和らげることが重要である。親が周囲と比較しながら教育投資を過熱させる構造を見直し、公立学校の教育環境を充実させることで、誰もが安心して子どもを持てる社会を目指すことが求められる。
特に、教育費の「インフレ」が進行しないようにするためには、無償化の範囲を慎重に検討しつつ、公立学校の充実に重点を置くべきである。高所得層にも無償化の恩恵を広げることで、逆に教育費競争が激化し、結果的に若い世代の子どもを持つハードルを上げてしまうことがないよう、慎重な政策設計が求められる。