「アベノミクスの幻想」を越えられるか――高市政権の積極財政に問われる“配分の設計力”

政治的継承と階級格差

トリクルダウンは起きなかった

アベノミクスが本格的に始動した2013年、政府と日本銀行が掲げた旗印は「デフレ脱却」だった。大胆な金融緩和、機動的な財政出動、そして構造改革。この三本の矢は確かに金融市場を動かし、株価を押し上げ、企業業績を好転させた。

だが、その成果が国民生活にどこまで波及したかと問われれば、答えは否定的だ。企業の経常利益は過去最高を更新する一方、実質賃金の上昇は限定的。家計の可処分所得は伸び悩み、消費は停滞した。結果として、「上から下へ富が滴り落ちる」というトリクルダウン効果はほとんど確認できなかった。

むしろ、富は上に滞留した。内部留保は500兆円規模に膨張し、資産を持つ層の金融所得は拡大したが、労働者の取り分は増えないままだった。一言でいえば、アベノミクスは資本市場を潤し、家計を冷やした

「積極財政」の看板だけでは通用しない

いま、高市政権が掲げるのは「責任ある積極財政」である。成長と分配の両立をうたい、物価高に対応する形で補正予算を重ねる方針だ。だが、財政規模を拡大すること自体は悪ではないにせよ、その中身を誤れば、アベノミクスの焼き直しに終わる。

最大の問題は「金の流れ方」にある。アベノミクス期の財政出動は、公共事業や企業支援など供給サイド中心だった。結果、資金は上層で滞留し、労働者や中小企業、地方経済への波及が乏しかった。もし高市政権が同じ構造を維持したまま「積極財政」を掲げるなら、それは単なる**“上流への再分配”**に過ぎない。

これから求められるのは、「支出の量」ではなく「支出の質」である。賃上げを促す中小企業支援、社会保障・教育費負担の軽減、再分配強化による可処分所得の増加――これらに重点を置かない限り、財政出動は景気の一時刺激に終わる。

「人」への投資こそ成長の土台

高市政権が経済再建を掲げるなら、次の三つの方向性を明確にすべきだ。

  • 第一に、人的投資を拡大すること。教育・職業訓練・リスキリングへの公的支援を強化し、労働生産性を底上げする。
  • 第二に、再分配の仕組みを再設計すること。税制の累進性を高め、内部留保課税などを通じて企業の利益を賃金や国内投資に還流させる。
  • 第三に、中小企業・地方の競争力を高めること。生産性向上の支援、事業承継・デジタル化の後押しに本腰を入れる。

「積極財政」を標榜するなら、これらの分野こそ本丸だ。公共事業や防衛費の積み増しだけでは、潜在成長率は上がらない。

逆に言えば、人的資本と所得分配を軸に据えた積極財政ならば、財政出動は“コスト”ではなく“未来への投資”に変わる。

アベノミクスを超えるための条件

アベノミクスの最大の功績は、デフレマインドを一時的に打破したことだ。だが、その持続には失敗した。

理由は明快だ。金融緩和と財政出動の量には限界があるが、分配と制度設計の質には限界がない。それを怠った結果、経済全体が「見かけの成長」と「実感なき豊かさ」の狭間に取り残された。

高市政権が本当にアベノミクスを超えるつもりなら、同じ弾を撃ってはいけない。国民の可処分所得を増やし、企業の内部留保を流動化させ、地方を含めた生産性構造を変える。そのための設計を怠れば、どれだけ“積極財政”を唱えても、結果はまた同じだ。

経済政策の本質は「どれだけ使うか」ではなく、「誰のために使うか」である。今度こそ、上ではなく下から景気を立て直す政治が必要だ。

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