
米国の鉄鋼業界における歴史的転機が、ついに実現に近づいている。日本製鉄とUSスチールは6月13日(日本時間14日)、トランプ前大統領が両社の提携に関する「パートナーシップ」を承認したと発表した。これにより、日本企業による米鉄鋼大手の買収という注目の案件が、大きく前進する形となった。
買収に際して両社は、米政府との間で「国家安全保障協定」を締結。安全保障や雇用に関する米国側の懸念を払拭する措置として、日鉄が2028年までに約110億ドル(日本円でおよそ1兆6千億円)を投資することや、米政府に「黄金株(ゴールデンシェア)」を発行し、取締役の選任や合併といった重要事項への拒否権を与えることが盛り込まれている。
両社は声明の中で「トランプ氏の果断なリーダーシップと力強い支援に感謝する。私たちのパートナーシップは地域などを支える大規模な投資をもたらす」と述べ、今回の合意により米国内の製鉄インフラが強化され、雇用の安定にもつながると期待感を示した。
この買収計画は、トランプ氏が新たに署名した大統領令によって実現の道筋がつけられた。バイデン政権時代には、日本企業によるUSスチール買収に慎重な姿勢が見られ、買収を規制する大統領令も発出されていた。だがトランプ氏はこの大統領令を修正し、一定の条件を満たせば「安保上の脅威を十分に軽減することは可能だ」と判断した上で、今回の買収を容認した。
新たな大統領令には、将来的に安全保障上のリスクが高まる場合には、大統領が追加措置を命じることができる条項も設けられており、米国政府が引き続き影響力を行使できる構造となっている。
これにより、買収成立の前提となっていた対米外国投資委員会(CFIUS)を含む全ての規制当局からの承認も完了。今後は手続き的な段階を経て、日鉄による買収が正式に成立する運びだ。
今回の決定を受けて、金融市場は敏感に反応し、USスチールの株価は発表直後に急騰。米国内では、製造業強化と地域経済への波及効果を歓迎する声もある一方で、慎重な見方も消えていない。
特に労働組合からは、透明性の確保や雇用の維持について不安の声も上がっている。米国鉄鋼労組(USW)は、「労働者側の意見が十分に反映されていない」として、今後も監視を続ける意向を示している。英紙ガーディアンによれば、ある組合幹部は「まやかしの商品売りみたいだ(>snake-oil salesman’s pitch)」と手厳しくコメントしている。
さらに、日鉄が約束した「ピッツバーグ本社の維持」や「2038年までの長期運営方針」についても、実際にどこまで履行されるのかは、今後の焦点となるだろう。
一方、トランプ氏の政治的な思惑も透けて見える。買収を承認した背景には、鉄鋼産業が盛んなペンシルベニア州など“ラストベルト”と呼ばれる地域での支持拡大という狙いがあると見られている。トランプ氏にとって、鉄鋼業界への大規模な投資を推進することは、製造業復活という自らの看板政策を体現する意味合いも強い。
このような背景を踏まえると、今回の買収劇は単なる企業間の合意にとどまらず、米大統領選を見据えた“経済ナショナリズム”の一環としても位置づけられるだろう。
日鉄にとっては、米国市場での存在感を一気に高める好機であると同時に、合意内容の履行責任という重たい宿題を背負うことにもなる。特に雇用や設備投資、地域貢献において、今後の動きが世界中から注視されることは間違いない。
米国側にとっても、日本のグローバル企業による大型投資を受け入れることで、内需拡大とインフラ再構築の両立を狙う格好だ。だが一方で、外国資本による影響力拡大に警戒する声も根強く、買収成立後も様々な調整や摩擦が起こる可能性がある。
「日米経済の新たな試金石」とも言える今回の合意は、今後の両国関係やグローバル鉄鋼市場において、確実に大きな影響を与えるだろう。その歩みが円滑に進むのか、それとも波乱含みとなるのか。すべては今後の実行力と信頼構築にかかっている。