
中国政府は9日、アメリカからの一部輸入品に課している追加関税を、これまでの34%から一気に84%に引き上げると発表した。発効は10日。これは、トランプ前政権が再び打ち出した中国製品への104%関税措置に対抗するもので、米中間の貿易摩擦が再び激化する構図となっている。
中国財政省は声明で、「米国の関税引き上げは、誤った政策判断の連続であり、中国の正当な権利を損ね、国際貿易の秩序を根本から揺るがすものだ」と厳しく非難。中国としては、ただ黙っているわけにはいかない、という強いメッセージを国内外に発信した格好だ。
さらに同日、中国商務省はアメリカ企業6社を「信頼できないエンティティーリスト」に、12社を「輸出管理リスト」に新たに追加したと明らかにした。これにより、対象企業は中国との貿易や投資が大きく制限されることになる。
特に「信頼できないエンティティーリスト」入りした6社については、台湾への武器供与や軍事協力が問題視されており、今後は中国国内での事業展開そのものが不可能になる可能性もある。該当する企業の多くは米国防総省や連邦政府と関係が深く、影響は軍需産業にも及ぶとみられている。
こうした措置に対し、米政府側は「中国の対応は予想されたもの」と冷静を装うが、米中関係の緊張は否応なく高まりつつある。ベッセント財務長官は、「最終的に損をするのは中国だ」としつつも、中国側の通貨切り下げや輸出管理の強化が、さらなる摩擦の火種になる可能性があると指摘した。
一方で中国側も、「不均衡な貿易の責任を一方的に押し付けられている」との立場を崩していない。商務省が同日に公表した通商白書では、「中国は意図的に貿易黒字を追求しているのではない。米中の経済構造の違いや、国際分業の結果として自然に生じたものだ」と説明し、米国の主張に反論している。
事態はWTO(世界貿易機関)にも波及している。中国政府は米国の一連の措置をWTOに提訴し、「状況は危険なほどエスカレートしている。多国間貿易体制そのものが脅かされている」との声明を発表した。今後、WTOでの審理や調停が行われる可能性はあるものの、両国の姿勢は平行線をたどっており、早期の打開は見通せない。
実際、国際市場ではすでに波紋が広がっている。9日のニューヨーク株式市場では、米中対立の激化を嫌気した投資家の売りが広がり、ダウ平均株価は前日比300ドル近く下落。アジア市場も軒並みリスク回避の動きが強まり、円や金など“安全資産”への逃避が進んだ。
専門家の間では、「これは単なる貿易戦争ではなく、テクノロジー・地政学を含めた“包括的な経済対立”の局面に入っている」との見方が広がっている。関税措置だけでなく、企業リストの指定やIT規制、半導体供給の制限など、様々な経路を通じて相互に圧力を掛け合う状況が続く見通しだ。
特に注目されるのが、今年後半に予定されている米大統領選の行方だ。トランプ氏が再び大統領に返り咲く可能性が高まる中、中国との「強硬な経済外交」は選挙戦の一大テーマになっている。今回の関税引き上げも、支持基盤へのアピールと見る向きが強い。
ただ、その代償は決して小さくない。米中双方ともに、サプライチェーンの混乱や物価上昇、企業活動の停滞といった形で自国経済への悪影響が現れ始めている。長期的な視点で見れば、関税合戦は“勝者なき戦争”であることは過去の経験からも明らかだ。
国際社会もこの事態を注視している。EU各国やアジア諸国からは、「米中どちらかではなく、多国間ルールに基づく公平な貿易体制こそが必要だ」との声が上がっている。G20やAPECといった国際枠組みを通じた、建設的な対話の再開が急がれる。
報復の連鎖に歯止めをかける鍵を握るのは、政治的決断と外交的手腕だ。経済の相互依存を武器ではなく、対話の基盤とする道筋が問われている。
コメント
この記事へのトラックバックはありません。
この記事へのコメントはありません。