
川の水と海の水――日々、日本各地で交わるその“出会い”に、実は莫大なエネルギーが潜んでいる。
山梨大学の研究グループがこのたび、海水と淡水の「塩分濃度差」を利用して電力を生み出す“塩分濃度差発電”の国内ポテンシャルを、初めて科学的に試算した。
全国109の主要河川の河口を対象に、流量や水温、塩分濃度などの詳細なデータをもとに導き出した結果は、研究者自身も驚くほどの数値だった。発電所1基あたりの平均出力は6メガワット――これは太陽光発電(4メガワット)や風力発電(13メガワット)と肩を並べる水準であり、再生可能エネルギーの“新たな選択肢”として大きな注目を集めそうだ。
海と川の“濃度差”からエネルギーを取り出す仕組みとは?
塩分濃度差発電の原理は、私たちが中学校で学んだ“浸透圧”に立脚している。海水は塩分濃度が高く、川の水(淡水)はほとんど塩分を含まない。この両者を、ナノレベルの微細な穴を持つ「半透膜(セミパーミアブルメンブレン)」で隔てると、淡水側から海水側へと水分子だけが自然に移動していく。この現象を“浸透”という。
このとき、海水側の水量が増加することで、圧力が発生し、高速の水流が生じる。これを利用してタービンを回転させれば、電気を生み出すことができるというわけだ。
もう少し専門的に言えば、これは「浸透圧発電(PRO=Pressure Retarded Osmosis)」と呼ばれる方式だ。エネルギー自体は、塩水と真水を混ぜるときに自然に放出されるものだが、通常は熱などの形で失われてしまっている。だがこのエネルギーをうまく電力に変換できれば、自然界の“もったいない”を賢く活用できる。
実際、理論上は地球全体の塩分濃度差エネルギーをすべて利用すれば、1テラワット(=原子力発電所約1000基分)もの発電が可能とされる。これは、世界の電力需要の約2割をカバーできる量だ。
国内では信濃川・石狩川・木曽川が“三強”
今回、山梨大学の島弘幸教授(大学院 総合研究部 生命環境学域)を中心とする研究チームは、国内109の河川を対象に、河口での発電ポテンシャルを定量的に分析した。
すると、流量が豊富で年間を通じて安定した水温を保つ大河川が、やはり有力候補として浮かび上がってきた。トップ3は、信濃川(長野・新潟)、石狩川(北海道)、木曽川(岐阜・愛知)で、いずれも流域面積が広く、淡水の供給量が非常に多い。塩分濃度差が大きいこととあわせて、安定した発電が期待できるという。
研究チームの試算によると、発電所1基あたりの平均発電量は約6メガワット。これは家庭用電力に換算すれば、約3000世帯分の電力に相当する。再生可能エネルギーの柱とされる太陽光(4メガワット)や風力(13メガワット)と比べても遜色ない。
実用化第1号は福岡市「まみずピア」から
研究段階を経て、いよいよ実用化のフェーズに入る。最前線に立っているのが、福岡市だ。水資源に乏しいこの都市では、古くから海水淡水化施設「まみずピア」で飲料水を確保している。
この施設では、海水を淡水に変える過程で塩分濃度が高くなった“濃縮海水”が発生する。また一方で、再利用が終わった下水処理水(ほぼ真水)もある。この濃縮海水と処理水との濃度差を利用して、塩分濃度差発電を行うという構想だ。どちらも本来は海に放流する予定だった水を、電力という“副産物”に変える。まさに一石二鳥のアイデアだ。
この取り組みが実現すれば、デンマークに続き世界で2例目、日本初の塩分濃度差発電の実用化例となる。稼働は令和7年度(2025年)を予定しており、エネルギー界の注目が集まっている。
昼夜を問わず、風にも日差しにも左右されない
塩分濃度差発電の大きな強みは「安定性」にある。太陽光発電は当然ながら夜は機能しない。風力発電も風が止まれば出力はゼロになる。これに対して塩分濃度差発電は、川の水が流れている限り、そして海がある限り、昼夜・天候を問わず発電できる。
もちろん課題もある。装置に使われる半透膜の耐久性やコスト、メンテナンスの手間など、技術的にクリアしなければならない点は多い。だが、今回のように“どこで・どれくらいの発電ができるか”という基礎データが整備されたことで、民間企業が本格的な参入を検討するきっかけにもなりうる。
研究に携わった山梨大学 環境科学科4年の渡邉琴弓さんは「今後はコストや効率も含めて、実用可能性をさらに検証していきたい」と話す。
日本の“国産エネルギー”として期待
日本はエネルギー資源に乏しく、石油や天然ガスの多くを海外からの輸入に頼っている。一方で、豊かな河川と長い海岸線を持つ日本の地理は、塩分濃度差発電にとってまさに“恵まれた立地”だ。
今年2月に閣議決定された政府のエネルギー基本計画では、2040年時点で再生可能エネルギーを電源構成の4~5割にまで高めるとされた。塩分濃度差発電は、まだ広く知られていないが、まぎれもない「国産の自然エネルギー」である。これをどう生かすかは、今後の政策と技術の進展次第だ。
「川と海がある国」である日本。その地の利を活かす新しいエネルギーが、静かに、しかし確実に実用化への歩みを進めている。