サム・アルトマン氏が関与する「OpenResearch」のベーシックインカム(BI)実験は、米国の低所得成人1,000人に対し、毎月1,000ドル(約15万円)の無条件現金給付を3年間行い、その影響を多角的に分析したものです。
政治的態度と行動への影響
投票行動や政治的選好に大きな変化は見られませんでしたが、仕事に対する認識に変化が観察されました。具体的には、個人や社会にとっての仕事の重要性、さらには政府プログラムへのアクセスにおける仕事の必要性についての認識が強まったと報告されています。
労働市場への影響
受給者の労働時間は減少しましたが、これは仕事の価値を軽視したためではなく、むしろ自身のゴールや家族のニーズにより適した雇用を選択できる余地が生まれたことを示しています。また、受給者は対照群と比較して、積極的に仕事を探している可能性が10%高く、仕事に応募する可能性が9%高かったものの、応募した仕事の数は少なかったと報告されています。
自己決定能力の向上
予算管理や将来計画の立案、教育機会の追求、起業への関心において顕著な向上が見られました。具体的には、教育や職業訓練を受講した確率が対照群と比較して平均14%上昇し、低所得者に関していえば34%と高い上昇をみせました。予算管理を実施する確率も5%増加し、財務管理に費やす時間も1カ月当たり約20分多くなりました。受給者は起業家精神を持つ可能性が高く、対照群と比較して8%上昇しました。特筆すべきは、黒人受給者の起業率は対照群と比較して26%上昇し、女性受給者では15%増加した点です。
健康への影響
医療サービスの利用においては、救急医療や外来診療、特に歯科治療や専門医への受診が増加しました。歯科治療を受ける確率は対照群と比べて10%以上、医療支出は月平均20ドル増加しました(健康保険料は含まれていません)。また、日常生活に支障を来すような飲酒が20%減少し、処方されていない鎮痛剤を使用する日数が53%減少するなど、健康的な生活習慣への好影響も観察されました。
他者への経済的支援の増加
受給者は、対照群に比べて他者への経済的支援が26%増加し、月平均22ドルの支出増となりました。この支出増加は、現金給付が個人の生活基盤を安定させるだけでなく、コミュニティー内での相互扶助を促進する効果があることを示唆しています。
雇用状況の変化
登録時点でCOVID-19の影響があり受給者の失業率が高かったことを踏まえなければなりません。登録時の受給者の就業率は58%で、対照群は59%でした。プログラムの最終月には、就業率は受給者で72%、対照群で74%に上昇しました。受給者は、どんな仕事でも必須の条件として、興味深い仕事や有意義な仕事を選択する傾向が高かったと報告されています。
支出パターンの変化
支出パターンの分析では、月平均310ドルの支出増加が確認され、その内訳は食費(67ドル増)、交通費(50ドル増)、家賃(52ドル増)など、基本的なニーズに関連する項目が中心でした。特筆すべき点として、他者への経済的支援が26%増加し、月平均22ドルの支出増となったことが挙げられます。この支出増加は、現金給付が個人の生活基盤を安定させるだけでなく、コミュニティー内での相互扶助を促進する効果があることを示唆しています。
支出の増加は、基本的な生活に必要な項目(食費、家賃、交通費など)への投資が優先される一方で、経済的に困難な状況にある他者への支援も増えている点が重要です。これにより、現金給付が受給者自身だけでなく、周囲の人々にも好影響を与えることがわかりました。この結果は、経済的な支援が単なる自己利益にとどまらず、社会全体に対する助け合いの精神を育むことができる可能性を示しています。
ベーシックインカムの実験の効果
ベーシックインカムの実験結果から見られた良い効果と悪い効果について、それぞれ詳しく説明します。
良い効果
生活の質の向上
受給者は毎月1000ドル(約15万円)の現金給付を受けたことで、経済的な不安が軽減され、生活の質が向上しました。特に、食費、家賃、交通費などの基本的な生活費が安定し、受給者の心理的な安定にもつながりました。
自己決定能力の向上
現金給付を受けたことで、受給者は自身の目標設定に積極的になり、教育や職業訓練を受ける確率が増加しました。特に低所得者層では、職業訓練や教育を受ける確率が顕著に上昇しました。これにより、自己改善やキャリアの向上に向けた行動が促進され、長期的には労働市場でのスキル向上にもつながる可能性があります。
健康状態の改善
医療サービスの利用が増加し、特に歯科治療や専門医への受診が増えました。これにより、未受診だった治療を受けることができ、健康状態が改善されました。また、飲酒や薬物使用が減少するなど、健康的な生活習慣の改善が見られました。
起業家精神の促進
受給者の中には、現金給付を活用して起業活動に取り組む人が増えました。特に黒人受給者や女性受給者において、起業率が大きく増加しました。これにより、受給者が自分のビジネスを始める動機付けとなり、経済活動を活発化させる効果がありました。
他者への経済的支援の増加
現金給付を受けたことで、受給者は周囲の人々に対して経済的支援を行うことが増加しました。この支出の増加は、単なる自己利益にとどまらず、コミュニティ内での助け合いの精神を育む結果となりました。
悪い効果
就業率への影響が限定的
ベーシックインカム実験の結果、受給者の就業率に大きな向上は見られませんでした。受給者は積極的に仕事を探す意欲は高いものの、実際に就業することには限界がありました。特に、給与が低い仕事に対して積極的に応募しない傾向が見られ、仕事の選択肢を厳しく絞る傾向がありました。
労働市場の歪み
労働市場における影響として、低賃金の仕事に対する応募が減少しました。受給者は「興味深い」「有意義な」仕事を選ぶ傾向が強く、結果として一部の業界で人手不足が生じる可能性がありました。これにより、特にサービス業や低賃金労働市場において、労働供給が減少することが懸念されました。
財政的負担の増加
ベーシックインカムの導入には莫大な財政的コストがかかります。実験の結果、無条件現金給付は受給者に安定した収入を提供する一方で、その支給を支えるために税金や他の社会保障制度の見直しが必要となるため、長期的には財政の負担が増加する恐れがあります。
低所得層の世帯収入減少
現金給付を除外して考えると、受給者の世帯収入は対照群よりも減少しました。これにより、現金給付が世帯全体の経済的状況に必ずしも良い影響を与えたわけではないことが示されました。現金給付以外の収入源が減少することで、長期的な経済的な自立が難しくなる場合もあります。
他国での実験とその影響
ベーシックインカムに関する社会実験は、米国に限らず、他の国でも行われてきました。たとえば、フィンランドでは2017年から2018年にかけて、2,000人の失業者に対して毎月560ユーロ(約6万6千円)の無条件現金給付が実施されました。
フィンランドの実験結果では、受給者の幸福度や精神的健康の向上が確認されたものの、就業率には大きな変化は見られませんでした。しかし、経済的な不安定さが軽減され、精神的な健康が改善されたことから、ベーシックインカムが社会的安定に寄与する可能性が示唆されました。
カナダのオンタリオ州でも、ミニストリアル・インカム実験が行われ、低所得者層に対する支援の効果が検証されました。
この実験でも、受給者が教育や職業訓練に投資する割合が増え、長期的には労働市場でのスキル向上や就業機会の拡大が期待されています。また、無条件現金給付は受給者の精神的な安定を促進し、健康維持にも良い影響を与えたとの結果が出ています。
結論と今後の課題
今回のサム・アルトマンが関与したベーシックインカム実験の結果から、無条件現金給付は受給者の生活の質や行動に多方面で積極的な影響を与える可能性があることが確認されました。特に、自己決定能力の向上、教育や職業訓練の参加促進、健康的な生活習慣への影響などが観察され、現金給付が社会全体にとって有益であることが示唆されました。
一方で、労働市場への影響が限定的であったことや、財政的な持続可能性が懸念される点も明らかとなりました。無条件現金給付の導入には、税制改革や他の社会保障制度との調整が必要であり、これらの政策が適切に機能するかどうかが今後の大きな課題となります。
それでも、ベーシックインカムが社会福祉制度の一環として有効であり、特に低所得層への支援を強化する手段となる可能性は高いです。今後も各国で実施される実験から得られたデータをもとに、政策が改善されていくことが期待されます。また、現金給付が社会的支援や相互扶助を促進する力を持つことから、今後の社会保障制度のあり方にも大きな影響を与えることになるでしょう。
ベーシックインカムの導入は、単なる経済的支援にとどまらず、社会全体の福祉や精神的安定を向上させる手段として、今後の社会政策においてますます注目されるテーマとなるでしょう。
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