
アフリカ・コンゴ民主共和国(旧ザイール)の東部で、エボラ出血熱の感染がじわじわと、しかし確実に広がっている。米疾病対策センター(CDC)は2026年6月26日、3段階ある警戒水準のうち最も高いレベル1に引き上げると発表した。医療スタッフと資源を優先的に投入し、24時間態勢での対応に切り替えた。世界保健機関(WHO)もすでに5月17日に「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態」を宣言しており、感染者数は1000人を突破。死者は250人以上に上る。かつて2014〜16年に西アフリカで1万1000人超の命を奪ったエボラ出血熱が、また動き始めた。
コンゴ東部で何が起きているのか 流行の始まりと拡大の経緯
今回の流行は2026年5月初旬、コンゴ民主共和国東部のイツリ州モングワル保健区域で、死者が異常なほど相次いでいるという異変への警告が発せられたことで明らかになった。国境なき医師団(MSF)が保健省と連携して調査を行ったところ、4月以降に数十人が死亡していたことが判明し、流行は数日のうちにイツリ州から北キブ州へと急速に拡大していった。
6月22日に発表されたコンゴの公式統計によると、確認された感染者数は1003人、死者は254人に達しており、致死率は25%となっている。流行の影響を受けているのはイツリ州、北キブ州、南キブ州の3州で、合計人口は約1500万人にのぼる。
さらに感染は国境を越えた。ウガンダの首都カンパラでも、コンゴ民主共和国から渡航した人から確定症例が確認され、うち1人が死亡している。WHOは感染者数が公式の統計よりもはるかに多い可能性があると指摘しており、実態の把握が難しい状況が続いている。
今回は「ブンディブギョ株」 ワクチンも治療薬もない難敵
今回の流行をより深刻にしている原因のひとつが、感染の引き金となったウイルスの「種類」だ。今回のアウトブレイクの原因は「ブンディブギョ型」と呼ばれるウイルスで、これは人間に感染するエボラウイルスの中でも非常にまれな種類にあたる。最もよく知られているザイール型とは異なり、ブンディブギョ型にはワクチンも治療法も存在しない。
エボラウイルスは発病すると突発的な発熱や全身の倦怠感、頭痛、筋肉痛などが起き、嘔吐・下痢が続いたあと多臓器不全で死に至ることが多い。発病後の致死率は50〜80%に上ることもある。厄介なのは初期症状がマラリアや腸チフスとよく似ていることで、エボラ感染が疑われるまでに、命を左右しかねない貴重な時間が失われてしまうケースが少なくない。
ワクチンがないということは、感染を防ぐ「盾」がないということだ。現場では患者を隔離し、接触者を追跡し、感染が確認された遺体を安全に埋葬するという、地道な「人の力」に頼るしかない。それは世界最先端の医療機関ですら苦しむような戦い方だ。
武装勢力に紛争地帯 追い打ちをかける「現地の事情」
感染拡大の背景には、コンゴ東部特有の厳しい現実がある。ほぼすべての症例が、武装勢力による混乱が続く北東部イツリ州を中心に発生している。長年の武力紛争によって、医療スタッフが現場に近づくことすら危険な状況が続いており、感染者の追跡調査は極めて困難だ。
国境なき医師団の緊急医療コーディネーターは「コンゴ東部では検査能力が強化されつつあるものの、依然として不十分だ。特に治安が不安定な地域では検査へのアクセスが限られており、治療施設に結果が届くまでに時間がかかることも問題だ」と述べている。
加えて、地域住民からの信頼を得ることも壁となっている。突然やってきた外部の医療チームに対し、住民が不信感を持つケースもある。単に病気の説明をするだけでは不十分で、住民自身が対応に加わる形でないと信頼は生まれない。これは過去のコンゴでの流行でも痛感されてきた教訓だ。
最も弱い子どもたちが狙われる 295万人が危機にさらされる現実
感染拡大が続く中、特に心が痛む現実がある。6月19日時点で、コンゴ民主共和国東部における確定症例の約15%、死者の25%以上を子どもと青少年が占めており、エボラに感染した子どもと青少年は成人と比べて死に至る可能性がほぼ2倍になっている。
ユニセフは6月22日、感染が拡大している31の保健区域で約295万人の子どもと青少年が危険にさらされていると警鐘を鳴らした。この人数は対象地域の人口の54%を占める。
イツリ州では、エボラ感染によって親を亡くした135人の子どもが、心理社会的なケアや養護措置を受けているという。エボラは体を蝕むだけでなく、家族を引き離し、コミュニティを壊し、生き残った子どもたちの心にも深い傷を残す。
ユニセフはすでに6カ月間の対応計画を動かし、370万人を対象に150トンの支援物資をブニアに届けた。1600人以上の地域保健員・啓発員を訓練・配置し、24の消毒作業チームを派遣して16万世帯以上への支援を実施している。それでも現場の需要には到底追いつかない状況だ。
日本への影響は? 過去の大流行と今後の注意点
現時点では、発生地のイツリ州はコンゴ民主共和国の首都からも遠隔地にあり、紛争地域でもあることから日本との直接往来は限定的だ。日本での輸入症例の発生や国内での感染拡大の可能性は低いと評価されている。
ただし、外務省はコンゴ民主共和国とウガンダに対して感染症危険情報レベル1(十分注意してください)を発出しており、渡航・滞在の際には現地の状況を常に確認し、通常以上の注意が求められている。なお、流行の中心地であるイツリ州については別途「危険情報」レベル4(退避命令・渡航禁止)が出されており、絶対に近づいてはならない地域だ。
エボラ出血熱は1976年の発見以来、アフリカで何度も繰り返し流行してきた。今回はコンゴ民主共和国における17回目のアウトブレイクにあたる。歴史の中で最も規模が大きかった2014〜2016年の西アフリカの流行では、2万8000人以上が感染し、1万1000人以上が死亡した。今回がその規模に達しないよう、国際社会が一体となった対応が求められている。
今この瞬間も、コンゴの現地では名前も顔も知らない人々がエボラと戦っている。医療スタッフは危険を顧みずに感染者に寄り添い、支援団体は物資を運び続けている。遠く離れた日本にいる私たちにできることは多くないかもしれないが、まず正しい情報を知ることから始めたい。



















