
【インバウンドの光と影】 見過ごされる「オーバーツーリズム損失」――京都・愛宕念仏寺で起きた異変から
日本政府や自治体が、訪日外国人観光客(インバウンド)の増加を歓迎し続ける一方で、観光地の現場では深刻な「歪み」が広がっている。
京都で起きた、中国人観光客による不法侵入事件は、その現実を象徴する出来事だった。
最高記録のインバウンド、その裏で
昨年、訪日外国人の数は3686万人と過去最高に達した。政府は「消費拡大」「地方活性化」と、メリットばかりを声高に叫ぶ。しかし、現場を歩くと、耳を疑うような苦情があふれている。
観光地の混雑、バスや電車の乗り切れない状況、ゴミの放置、文化財への悪質な落書き。華やかな数字の裏では、観光客の増加に振り回され、地域の暮らしが壊れかけている。
特に京都では「生活の場が、もはやテーマパークのようだ」と地元住民から嘆きの声が絶えない。観光収入という“果実”だけを見て、隠された“負債”を無視してはいないか。そんな疑問が浮かび上がる。
「閉まっていても入りたい」 愛宕念仏寺での事件
京都市右京区にある愛宕念仏寺は、1200体の羅漢石像で知られる静かな古刹だ。ところが、近年は観光ブームの波に飲まれ、1日に1000人を超える客が押し寄せることも珍しくなくなった。
運営を支えるのは、住職と家族だけ。
対応しきれず、やむなく週に一度「休山日」を設けることにした――それが今年からだった。
ところが4月2日、門を閉めていたはずの境内に、なぜか鐘の音が響いた。自宅で休んでいた住職・西村公栄さんが駆けつけると、境内には2人の人物。そのうち1人は逃げ、もう1人は取り押さえられた。逮捕されたのは28歳の中国人観光客だった。
「寺が休みと知っていた。でも、どうしても入りたかった」
本人はそう語ったという。悪気がなかったといえばそれまでだが、住職の怒りは収まらなかった。
「休みって、ちゃんと書いてある。それでも入ってくる。もう、本当にやりきれない」と、西村住職は顔を曇らせた。
ちなみに、この男性は不起訴になった。逃げたもう1人は、すでに帰国したとみられている。
「経済効果」は本当にプラスか?
政府や自治体は、インバウンドによる経済効果ばかりをアピールする。
だが、実態はどうか。
観光地では、
- 道路や公共交通の混雑緩和のための費用
- トイレ清掃やゴミ処理にかかるコスト
- 文化財修復に必要な膨大な資金
- 住民生活の質の低下、地域活力の損失
- 交通渋滞による地域生活の経済損失
こうした“隠れたコスト”が膨れ上がっている。
たとえば、京都市では観光公害への対策費だけで年間数十億円規模にのぼる。それでも観光客数は増え続け、地元住民は「もう限界」と声をあげる。
インバウンドが生み出すお金だけを見て「成功だ」と喜ぶのは、片手落ちではないだろうか。
世界は規制に動く、日本は?
世界各国では、オーバーツーリズム対策が急速に進んでいる。
イタリア・ヴェネツィアでは、観光客に入場税を課し、人数制限を導入。
タイのマヤ湾では、自然破壊を防ぐために一時閉鎖。
スペイン・バルセロナでは、民泊の大幅制限に踏み切った。
しかし日本では、いまだ「インバウンド拡大」が至上命題。オーバーツーリズムへの本格的な対策は後回しにされている。
「数を追うだけでは、観光地も、住民も、持たない」
観光社会学の専門家たちは、声をそろえてこう訴えている。
「守るべきもの」を見失うな
これから本当に必要なのは、観光客数の増加ではない。
- 無秩序な観光地開放をやめ、入場規制をかける
- 本当に地域を理解してくれる観光客を大事にする
- 文化財や自然を守りながら、持続可能な観光を目指す
- 観光客自身にもルールを厳しく教え、破ればきちんと罰する
「観光は金儲けの道具ではない」
そう肝に銘じるべき時が来ている。
愛宕念仏寺の住職の悔しさは、単なる一寺の問題ではない。
――私たち日本人自身が、何を大切にしていきたいのか、問われている。
住職怒り「定休日なのに…」京都の古刹で起きた中国人侵入事件、自衛迫られる観光地
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