参院選で国民が選んだ「減税」 自民党の「減税のための増税」は民意無視

参院選で示された「減税」への圧倒的な民意
7月20日に投開票が行われた参院選では、ガソリンの暫定税率撤廃や消費税減税を公約の柱に据えた政党が躍進し、一方で自民党は「給付金」を中心に据えた公約を掲げながら大きく議席を減らした。結果は極めて明確だった。国民が選んだのは「一時的な給付」ではなく、「継続的な減税」だったのである。物価高と実質賃金の低下に直面する有権者が、日々の生活の中で実感できる恒常的な負担軽減を求めたことが、投票行動に色濃く反映された。
今回の選挙を通じて浮き彫りになったのは、「国民は今の税制に耐えられない」という切実な声だ。ガソリン価格は高止まりし、消費税は日々の買い物のたびに負担感を増す。そうした現実の中で、消費税廃止やガソリン税軽減を掲げた政党が議席を伸ばしたことは当然の帰結である。
「一回配っても、翌月からまた苦しい。根っこを軽くしてほしい」
「消費税は日々の買い物のたびに積もる。下げればすぐ効く」
「ガソリン税の上乗せは長すぎる。通勤や物流に直撃している」
「給付はありがたいが、財源が増税では本末転倒」
「“手取りが増える夏”を本当に実現してほしい」
国民が突き付けた「給付金より減税」の選択
自民党が掲げた「給付金」は、短期的には目を引くが、生活者の本音は「一時金ではなく日常的な負担の軽減」であった。給付金を財源とするための増税案すら視野に入れる与党の姿勢は、民意を踏みにじるものだ。選挙で明確に示されたのは「減税」であって、「増税による財源確保」ではない。
有権者は今回、単なる現金配布型の政策を拒絶し、根本的に生活を支える「減税」を選んだ。それにもかかわらず、自民党が「減税のために増税」という矛盾した姿勢を見せるのであれば、参院選で示された民意を真っ向から無視することになる。
ガソリン暫定税率と消費税をめぐる攻防
選挙後、野党各党はガソリン暫定税率の廃止を含む法案を準備している。1リットルあたり25.1円という「当分の間」とされながら半世紀近く続く負担は、もはや生活に重くのしかかる「常税」と化している。これを撤廃すれば、通勤や物流、観光業などに即効性のある効果が期待できる。
さらに、消費税については段階的廃止を掲げた参政党や、減税と社会保険料の軽減を訴えた国民民主党が議席を伸ばした。消費税減税の議論はもはや一部の主張ではなく、国会全体を動かす大きな潮流になりつつある。
「減税のための増税」という自己矛盾
しかし、自民党が打ち出しているのは「減税を実現するためには別の増税が必要だ」という論理である。この発想自体が選挙結果と真逆だ。国民が求めたのは「負担の軽減」であり、「増税による穴埋め」ではない。財源論は確かに避けて通れないが、歳出削減や無駄の洗い出し、既存の補助金や事業の見直しといった改革を経ずに、安易に「増税」という選択肢を提示するのは怠慢である。
「“給付より減税”が示されたのに、企業増税で相殺はナシでしょ」
「インボイスや社保の見直しを先に。ムダを削ってからが筋」
「ガソリン税の上乗せはもう“当分の間”ではない」
「工程表とKPIを出して、3カ月ごとに検証してほしい」
「政策の順番を間違えたら支持は戻らない」
さらに強調すべきは、減税のために支出削減や無駄の見直しができない政治家は、その時点で職を辞すべきだという点だ。家計も企業も、収入が減れば支出を抑え、余計な出費を削って生き延びている。なぜ政治だけが「増税」という安易な選択肢に頼るのか。
減税のために新たな増税を掲げる姿勢は、国民に寄り添うどころか背を向ける行為である。政治家に求められているのは「痛みを伴う改革」であって、増税による帳尻合わせではない。
政治の責任は民意を尊重すること
石破茂総理のもとで少数与党となった自民党は、今こそ民意に向き合う責任がある。ガソリン税や消費税の減税をどう実現するか、その工程表と成果指標を示し、国民に説明することが不可欠だ。「減税のための増税」という矛盾した姿勢を続けるならば、選挙で突き付けられた警告はさらに厳しさを増すだろう。泥舟連立政権と揶揄される状況を払拭するためには、まず国民の声を素直に受け止め、負担を軽減する政策に全力で取り組むべきである。