
石破政権、関税交渉で失策か 米は「日本の政権交代待ち」の構え
米国のスコット・ベセント財務長官が語った「交渉は急がない。質を重視する」との発言は、今の日米通商交渉の実情を象徴している。特に注目されるのが、日本との協議について「日本の政治状況ではなく、米国民にとって最良の取引を目指す」と述べた点だ。これは裏を返せば、現在の日本政府、つまり石破茂政権を相手に急いで交渉を進める必要はない、という米側の姿勢を示している。
一部の外交筋は、今回の関税交渉が日本側の「不手際」によってアメリカ有利の展開となっていると指摘する。交渉の主導権を握るはずの日本が、政権の求心力を欠いたまま米国の強硬姿勢に翻弄され、結果として有利な条件を引き出せていないという見立てだ。
実際、ベセント長官はCNBCのインタビューで「8月1日の期限が来ても、それが交渉相手国に対する圧力になる」と明言している。これは、仮に期限を過ぎた場合には、米側が一方的に関税を引き上げ、日本側がより譲歩した案を再提出するよう仕向ける構えだ。しかも、この期限についても「大統領の判断次第」としており、トランプ政権が政治的な駆け引きの材料として使う余地も残されている。
背景にあるのは、日本国内の政局の混乱だ。石破内閣は先の参院選で大敗を喫し、求心力を急速に失っている。政権内からも「近く退陣の可能性がある」との観測が出る中、米国は「交渉の本番は次の日本政権と」と見ている節がある。ベセント氏の言葉の端々には、そうした米側の読みがにじむ。
この点について、ある通商関係者は「アメリカは日本の政局をよく見ている。今は政権が弱っているから強く出られるし、次の政権が立ち上がった後に本格的な取り決めを進めた方が得策だと考えているはずだ」と話す。
石破政権が交渉に失敗したとされるのは、交渉の根幹である「主張の軸」が曖昧だった点だ。農産品の関税維持を優先する一方で、デジタル貿易や知的財産の分野では譲歩も目立ち、米国側に「日本は政権が揺らいでいるから押せば通る」という印象を与えてしまったという。
また、米中・米欧との交渉に比べ、日米交渉への注目度はやや低かった。トランプ政権としても、選挙向けに「日本から良いディールを勝ち取った」とアピールできる格好の材料として利用しようという思惑もある。
一方で、交渉の打開策はあるのか。経済外交を担う日本の官僚たちは、政権が代わった後に備えて新たな交渉案を水面下で準備中とされる。また、8月1日の「デッドライン」を前に、表立った反応を避けることで、米国の関心が他の地域(特にEUや中国)に向いている間に時間を稼ごうという戦略もある。
現に、欧州連合(EU)との交渉は難航しており、ドイツのメルツ首相は「アメリカは対称的な関税協定に応じる意志がない」と厳しく批判。EUでは対抗措置として、米国のサービス業や公共調達を標的とした「反威圧措置」も検討されている。
このような中、日本が今後どう立ち回るかは、次期政権の外交・経済戦略にかかっている。安易な譲歩をすれば「日本は何度でも譲る国」という印象が定着しかねない。一方、強硬姿勢に出れば関係悪化も避けられず、繊細な舵取りが求められる。
現段階で明らかなのは、米国は焦っていないということだ。ベセント長官が語った「急がない」というメッセージには、裏返せば「交渉相手が交代するのを見ている」という含意がある。
石破政権の求心力低下により、交渉は決定的な一手を欠いたまま膠着状態に。政権交代後に、日本が改めて米国との交渉テーブルに臨む際には、「出遅れたぶんをどう取り返すか」が最大の課題となるだろう。