抗日戦争の「不可侵」と「便衣潜入」―台湾公文書と最新研究が描く“共謀”の戦場実務

台湾・国史館の機密解除 「便衣」潜入と“相互不侵”を示す電報群

台湾の国史館(國史館)と台湾文献館が公開を進める檔案史料(1938年6月〜1944年6月)に、国民党側の戦場現場指令官が蒋介石委員長に宛てた手書き極秘電報が多数含まれている。これらは鉛筆書き・句読点なしの原資料で解読難度は高いが、要旨を拾うと

①中共軍が国共合作期にも国民党軍を主目標にしていた実態
②日本軍との呼応・利用
③便衣(民間衣服)での潜入や道案内などゲリラ的連携

が反復して記載される。台湾側のアーカイブ公開は継続中で、戦時期電報の系統的閲覧が可能になりつつある。

とりわけ注目されるのは1940年末の江蘇省方面。益林(塩城市阜寧県)周辺をめぐり、中共軍が日本軍に代わって綿花を購入・運搬し、その見返りとして弾薬の供与を受けたとの記録があり、同地域で日本軍と中共軍の「不可侵」の取り決めが存在した旨を伝える報が確認できる。国共合作下での実戦面の摩擦を超えて、局地的な停戦・不侵の暗黙契約が形成されていたことを示唆する資料だ。

「弾薬欠乏」が結びつけた実利 対伐軍の“コネ”と調達網

なぜ日本軍が中共側に綿花輸送を委ね、弾薬を交付したのか。その背景を補う最新研究として、中国社会科学院系の研究者らによる「1941—45年の八路軍・新四軍の弾薬補充」研究がある。

そこでは、1940年初頭に国民政府側の配給が途絶し、民間保有弾薬の回収も進んだことで、中共側は深刻な弾薬欠乏に陥ったとする。研究は、汪兆銘政権配下の傀儡軍や「関係者(コネ)」を介した密取引・潜在的協力・“虚偽の戦闘”報告による数量調整まで、弾薬獲得の実務が複線的に展開された実態を描く。補給の空白を埋めるため、対立陣営の兵站をも間接的に利用した「敵工工作」の拡張である。

この分析を台湾側の戦場電報と突き合わせると、

(1)国共合作の政治枠組みとは別に、戦地ローカルの力学で不可侵・停戦・交易が発生し得たこと、(2)中共側の弾薬欠乏が契機となり、経済物資(綿花)と軍需(弾薬)を交換する便益が両者に生まれたこと

が浮かぶ。言い換えれば、戦場実務のレベルでは「抗日」をめぐる名目よりも、当面の装備・補給の確保が優先された局面があった。

戦場の報告が語るもの “便衣”潜入・側背撃と相互呼応

戦場電報には、便衣に着替えた中共兵が日本軍の隊列に紛れ、地形に通じた“道案内”として国民党軍の防御線突破を助けたとする記述が現れる。さらに、国民党軍の追撃に合わせ日本軍が六路に分進、その背後から中共の別働が側背襲撃を加え、地域拠点の占領を分担したとの報も見える。国民党側の視点では、局地的な「呼応」が一連の機動で繰り返されていたという評価になる。

他方、中国側公的叙述は長年、「中共軍は抗日戦争の中流砥柱(主力)」と位置づける。だが前掲の弾薬研究は、中共が“敵工工作”で傀儡軍との関係を広げ、弾薬補充を制度化していった過程を具体的に描く。これは「全面的抗戦」の標語と、現場の補給・生存戦略のギャップを示す素材でもある。歴史解釈は立場で揺れうるが、少なくとも一次史料(戦場電報)と近年研究(弾薬補充)が指す方向は、戦場ローカルにおける実利的協働の存在で合致している。

9月3日・北京の80周年式典とナラティブの更新

2025年9月3日、北京・天安門広場で「中国人民抗日戦争・世界反ファシスト戦争勝利80周年」式典と大規模閲兵が挙行された。習近平国家主席は演説で「歴史の勝利を銘記し、平和の力を結集する」と強調、要人級来賓も多数参列した。式典は中国の“抗戦ナラティブ”を再確認する政治儀礼であると同時に、装備近代化を誇示するショーケースでもある。

ただし、ナラティブの強化は史料吟味の終止符ではない。国史館のアーカイブが示す一次電報群と、補給・兵站の実務を掘り下げた研究成果は、抗戦期の実態が一様でなかったことを教える。戦地の“不可侵”や便衣潜入、側背撃の呼応は、中央の宣伝線とは別の合理性で動いていた可能性がある。式典の政治性が増すほど、一次史料の公開・検証の重要性は高まり続ける。

「国共合作期でも、中共は日本軍と局地不侵を構築していた可能性が高い」
「便衣で潜入し道案内――電報の一文は戦場の“生々しさ”を伝える」
「弾薬欠乏は敵工工作の拡張を促した。補給は理念より現実だ」
「式典の高揚と史料の齟齬――政治の儀礼化が学術検証を促す」
「公開アーカイブ×新研究=ナラティブの再編集が始まっている」

検証の要点と今後の課題

第一に、台湾の国史館アーカイブは、国民党側一次電報の網羅的公開という点で希少である。今後は写本の原寸画像・裏書・受発送系の照合を進め、同一事象の複数電報を時系列で重ねる必要がある。

第二に、弾薬補充に関する近年の中国側研究は、傀儡軍コネの動員、購入・秘匿蓄積・“虚偽戦闘”報告というグレーな実務を描き出した。そこから逆算すれば、江蘇の綿花—弾薬の交換や不可侵取り決めは、補給危機の“最適解”だった可能性が高い。

第三に、2025年の80周年式典は、抗戦記憶の政治化を改めて可視化した。式典の強いメッセージと、一次電報・研究が示すローカル協働の実態。その落差は、歴史教育・外交対話・記念行事の企画にフィードバックされるべき論点である。

最後に、日本側の視座としては、侵略の史実を直視しつつ、当時中国大陸で何が生じていたか――とりわけ補給と現地勢力の相互依存という“戦地の現実”を併せて理解することが肝要だ。史料批判と比較史の往復運動こそが、隣国と共有可能な“耐久性ある歴史像”をつくる。

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