
大阪府八尾市で今年2月、アパートの一室から見つかったコンクリート詰めの遺体。亡くなっていたのは、当時3歳だった岩本玲奈さん。生きていれば、今年24歳になっていたはずだった。
誰にも気づかれずに、彼女は18年間“この社会”から姿を消していた。事件として発覚したのは、叔父による暴行致死と遺体遺棄の疑いでの逮捕がきっかけだった。
3歳で「消された」記録
八尾市の説明によると、玲奈さんの住民票は、わずか3歳で削除されていた。理由は、祖父が「娘(玲奈さんの母)と一緒に出て行った」と市役所に申し出たためだという。市が実施した現地調査では、実際に住んでいないと確認され、2004年に住民票の「職権消除」が行われた。
しかし、これが重大な盲点となった。玲奈さんはその後、学校にも通わず、医療機関の記録も途絶えていた。それでも誰も、「いま彼女はどこにいるのか」を気にとめることはなかった。
「居所不明児童」はいまも全国に
文部科学省が毎年実施している「学校基本調査」では、1年以上所在が確認できない子どもたちは「居所不明児童・生徒」として集計される。令和6年度は全国で74人。かつては1,000人を超えた年もあった。
また、厚労省も1歳半と3歳時健診の未受診者の追跡に力を入れてきた。背景には、未受診の子どもが虐待や死亡に至る事例が後を絶たないという現実がある。
昨年度の調査では、全国で約2万5,000人の子どもが安否確認の対象になり、そのうち200人以上が虐待の疑いありと判断されている。中には、警察に「行方不明届」が出された子どももいた。
「家族の言い分」を鵜呑みにする危うさ
子どもの問題に詳しいジャーナリストの石川結貴氏は「法的には八尾市の対応に不備があったとは言いにくい」とした上で、「ただ、親族の申告をうのみにすることの危険性は見過ごせない」と指摘する。
NPO法人「シンクキッズ」代表の後藤啓二弁護士も、「子どもが行方不明になっている時点で、行政は警察や他部門と連携し、状況を精査するべきだった」と批判する。「そもそも“子どもを捜す”という発想がなかったこと自体が大きな問題だ」とも語った。
ルールがない中での“地域差”
実は、「消えた子ども」を巡る行政対応には統一ルールが存在しない。
例えば大阪市では、所在が不明な子どもが確認されると、各区の職員や児童相談所が家庭を訪問し、本人を目視で確認することを基本としている。一方、別の自治体では、児相との情報共有すら不十分な場合もあるという。
ある自治体職員は「対応は現場任せ。地域差が大きく、全国的な基準がないのが一番の課題だ」と打ち明けた。
二度と見逃さないために
今回の事件を受け、専門家たちは次のような対策を求めている。
- 子どもの住民票を削除する際には、警察や児童相談所への照会を義務化すること
- 全国統一の所在確認ルールを作成すること
- 家族や親族の申告を“唯一の判断材料”とせず、必ず行政が介入すること
玲奈さんの命はもう戻らない。しかし、私たちが同じ過ちを繰り返さないようにすることはできる。いや、しなければならない。
子どもたちの命を守るのは、制度や法律だけではない。社会全体の「気づこうとする意志」が問われている。
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