
「認められません」の通知が突きつけた現実 増える障害年金の不支給、精神・発達障害者に何が起きているのか
「こんなにつらいのに、どうして支給されないんですか」
東海地方に住む20代の城島志帆さん(仮名)は、障害年金の申請を退けられた通知を見て、涙をこらえきれなかった。長年の発達障害に加え、子どもの死という深い喪失からうつ病を発症。働けず、家族と実家で暮らす生活は、心の安定には程遠い。「せめて障害年金を受け取って、自立したい」。そんな願いを込めての申請だった。
主治医の診断では、日常生活能力の程度からして2級に該当すると見られていた。しかし、結果は「不支給」。年金機構はその理由の一つに「抗うつ剤が処方されていない」ことを挙げた。だが、そこには事情があった。城島さんはかつて薬を過剰摂取し、自身の命を脅かした過去がある。「またODしてしまうかも」という恐怖から、申請時にはあえて服薬を控えていたのだ。今は、再び薬を飲みながら治療を続けている。
申請をサポートした社会保険労務士の白石美佐子さんは、「この状態で支給されないとは」と絶句した。城島さんは初回の面談のとき、母親に付き添われ、泣きながらうまく話すことすらできなかったという。
白石さんはここ最近の変化に違和感を覚えている。「今年に入ってから、審査のハードルが一段と上がっている。昔のカルテの提出や主治医への照会が頻繁に求められるようになり、どこか“落とす理由”を探しているようにすら感じる」。診断書の内容ではなく、書類の“穴”や本人の“言動”が重く見られている現状は、まるで揚げ足取りのようだと指摘する。
「明らかに不支給が増えている」
こうした声は白石さんに限らない。記者が障害年金申請を多く扱う社労士5人(愛知、福島、群馬、兵庫、大分)に協力を依頼し、直近のデータを集めてみた。
2023年1~12月に扱った新規申請は1430件。このうち不支給となったのは2.9%だったが、2024年の1~7月にかけては、917件のうち4.7%と、およそ1.6倍に増えていた。
中でも精神・発達障害の申請は、2023年に2.2%だった不支給率が、2024年には4.4%に倍増。知的障害では不支給率は依然として低い(2023年は0件、2024年は1件のみ)ことを踏まえると、明らかに特定の障害分野でハードルが上がっていると見られる。
しかも、今回のデータは専門の社労士が介入したケースに限られており、一般の人が自力で申請した場合は、もっと不支給率が高くなる可能性がある。
年金機構の「ブラックボックス」
一体、審査はどのようにして行われているのか。
申請書類は市区町村や年金事務所を経て、日本年金機構の本部へ送られ、委託を受けた医師(判定医)が審査を行う。驚くべきことに、本人に一度も会わない医師が、書類だけで支給の可否を判断しているのだ。
現在、判定医は全国に約140人。だが、審査は原則1人で行われ、専門分野や経験は公表されていない。「精神科医だからといって発達障害に詳しいとは限らない」という声もある中、どんな医師が審査しているか分からないのが実情だ。
加えて、申請書類が判定医の元に届く前に、年金機構の職員が「事前判定」と呼ばれる確認作業をしており、ここでも職員の裁量が働いている可能性がある。
こうした審査体制はあまりにも不透明で、社労士や弁護士の間では「ブラックボックス」と呼ばれ、長年問題視されてきた。
半世紀変わらぬ判定基準が障害者を苦しめる
判定に使われる基準にも根深い問題がある。障害年金の認定基準は、なんと50年以上も基本構造が変わっていないのだ。
たとえば、2級相当の状態を「家の中での生活にとどまる」と表現しているが、実際には2級を受け取っていても作業所に通ったり、パートで働いたりしている人は多い。生活支援や医療の制度が進み、障害者を取り巻く環境が大きく変化した今、この基準では現実を正しくすくい取れない。
実際、「基準通りに見ると該当しない」として不支給となる例もある。
障害年金制度の改革を訴える「障害年金法研究会」は、3月下旬にも厚生労働省に申し入れを行い、基準の見直しと制度改革を求めた。
“障害年金だけが取り残されている”
2025年は、5年に1度の年金制度改革の年。しかし、焦点となるのは高齢者向けの老齢年金で、障害年金についてはほとんど議論されていない。
記者会見で研究会の藤岡毅弁護士は訴えた。
「障害年金はいつも後回しにされ、制度も基準も古いまま。これ以上、放置してはいけない。障害年金に特化した改革の場を設けるべきです」
現場では「限界」の声
介護保険の要介護認定では、調査員が本人宅を訪ね、家族や支援者の声も聴きながら判定が下される。障害福祉サービスの支援区分でも同様だ。
一方、障害年金は、書類だけ。それも医師1人の判断にゆだねられている。
「日常生活の実態を見ずに、“書類だけで診断してくれ”と言われても…」と、ある精神科医は本音を漏らした。
申請者に寄り添う支援が求められるなか、現在の制度はむしろ壁となって立ちはだかっている。いまこそ、当事者の声に耳を傾け、本当に困っている人が必要な支援を受けられる制度に変えていくべきではないだろうか。
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