
2026年7月16日に成立した国旗損壊罪は、公然と日本国旗を損壊・汚損する行為を罰する法律です。自己所有の国旗を傷つける行為も処罰対象となり、2年以下の拘禁刑や罰金が科されます。外国国章損壊罪との均衡を図り、これまでの法的な空白を解消する狙いがあります。
国旗の尊厳を守る必要性が主張される一方、憲法が保障する表現の自由への萎縮効果や、処罰基準の曖昧さが懸念されています。国会審議では専門家や野党から強い反発があり、憲法違反を指摘する声も上がりました。成立後も、表現の自由と法運用の整合性をめぐる議論は続いています。
日本の国旗を傷つける行為に刑罰を科す「国旗の損壊等の処罰に関する法律案」、いわゆる「国旗損壊罪」法案が、2026年7月16日、参議院で可決・成立した。この日は午前中に参議院内閣委員会で質疑が行われ、与党側が同日午後の採決を提案。その後、参議院本会議でも採決が行われ、法案は可決された。すでに衆議院は6月30日に通過しており、これで法律として正式に成立したことになる。ここでは、この法案が具体的にどんな内容なのか、なぜ作られることになったのか、そしてどんな点が問題視されてきたのかを、順を追って整理してみたい。
そもそも「国旗損壊罪」とはどんな法律なのか
この法律案が禁止しているのは、「人に著しく不快、または嫌悪の情を催させるような方法で、公然と国旗を損壊、除去、または汚損すること」だ。ポイントは、他人が持っている国旗を壊した場合だけでなく、自分自身が所有している国旗を自分で傷つける行為までもが処罰の対象になるという点である。違反した場合の罰則は、2年以下の拘禁刑、または20万円以下の罰金だ。
実は、これまでの日本の法律には、こうした行為を直接取り締まる規定が存在しなかった。外国の国旗を傷つければ「外国国章損壊罪」という別の罪に問われるし、他人が持っている日本国旗を壊せば「器物損壊罪」で処罰できる。しかし、自分の持ち物である日本の国旗を、自分自身で傷つける行為だけは、これまでどんな法律でも罰することができなかったのである。この「ぽっかり空いた穴」を埋めようというのが、今回の法案の狙いだ。
なぜ今、このタイミングで法律が必要とされたのか
この法案を主導したのは自民党や日本維新の会などで、国民民主党や参政党も共同で法案を提出した。背景には、自国の国旗を大切にしたいという国民感情を法律で守り、外国の国旗の扱いとのバランスを取りたいという考え方がある。実際にこの数年、SNSなどで国旗を燃やしたり破いたりする様子を投稿する行為が話題になる場面があり、そうした動きへの対応を求める声が与党内で強まっていた。
自民党は今年4月にプロジェクトチームを立ち上げて中身を詰め、5月には具体的な骨子案を発表した。この過程で、当初あった「日本を侮辱する目的」という条件を外し、内心の意図を問わずに行為そのものを客観的に判断する形へと修正された経緯がある。これは、意図を裏付ける証拠が乏しくても処罰しやすくする狙いがあった一方で、後述するように処罰範囲がかえって広がるのではないかという懸念も呼んでいる。
実はこうした法律をつくろうという動き自体は、今回が初めてではない。すでに1999年、国旗と国歌を法律で正式に定めた「国旗及び国歌に関する法律」ができた際にも、国旗を尊重する義務を盛り込もうという議論があった。しかし当時の小渕恵三首相は、国会答弁で「国旗に対する尊重規定や侮辱罪を創設することは考えていない」と述べ、この時は見送られている。その後2012年にも、自民党が「国を侮辱する目的」を要件とした国旗損壊罪の刑法改正案をまとめ、議員立法として国会に提出したことがあったが、こちらは審議が進まないまま廃案となった。今回の法案は、こうした過去2度の試みを経て、3度目の正直として実現に近づいている形になる。
どんな場合に処罰され、どんな場合はセーフなのか
法案では、「国を侮辱する目的があったかどうか」という個人の心の中までは詮索しない。その代わり、行為そのものの様子や、それが行われた状況といった客観的な事情を総合的に見て判断するという建てつけになっている。
具体的な線引きも示されている。自分で国旗を傷つける様子をみずからYouTubeなどでライブ配信するような行為は、処罰の対象になり得る。一方で、誰かが国旗を損壊している様子を報道機関が取材して伝えたり、一般の人がSNSでその映像をリポストしたり拡散したりする行為については、処罰の対象から外すとされている。あくまで狙われているのは、国旗を傷つける行為そのものであって、それを見聞きした周りの人たちの行動までは縛らないという考え方だ。
「表現の自由」をめぐって割れた与野党 衆院では異例の採決も
この法案には、国会審議の当初から強い反発の声が上がってきた。最大の争点は「表現の自由」との関係だ。国旗を燃やしたり破いたりする行為は、政府への抗議など政治的なメッセージを込めた表現活動として、憲法が保障する範囲に含まれるのではないかという指摘である。実際にアメリカでは、1989年の最高裁判決で、国旗を焼く行為を罰する州法が違憲と判断された前例がある。法案には「表現の自由に留意する」という条文が盛り込まれたものの、実際の運用では萎縮効果が生まれるのではないかと懸念する声は根強い。
もう一つの論点は、処罰の基準があいまいだという点だ。何をもって「著しく不快、または嫌悪の情を催させる」と判断するのか、その線引きは相当に主観的にならざるを得ない。この曖昧さが、警察や検察による恣意的な取り締まりにつながりかねないという批判は、野党だけでなく日本弁護士連合会や刑事法の研究者らからも出ている。参議院の参考人質疑でも、憲法学者から「立法の必要性そのものが定かでない」「憲法違反の可能性が高い」といった厳しい指摘が相次いだ。
一方で、法案を必要だと考える立場からは、SNSの時代には国旗を傷つける動画が瞬時に拡散し、社会的な影響が増幅されやすいため、国としてのリスク管理として当然の対応だという意見も出ている。提出者側は、罰則が表現の中身そのものに向けられたものではなく、表現の自由への制約は限定的だと説明している。
こうした対立を映すように、衆議院での採決は異例の展開をたどった。6月30日の本会議では、法案の共同提出者だったはずの国民民主党や参政党までもが、別の法案をめぐる国会運営への反発から採決を欠席し、結果的に与党だけで採決が行われる形になった。さらに自民党内からも、岩屋毅・前外務大臣が「不要な立法だ」として採決を棄権するなど、与党内でも足並みが完全にそろっていたわけではない。
成立を受けて、今後どうなるのか
参議院では自民、維新、国民民主、参政の4党が法案を共同提出しており、与党が過半数を持たない参議院でも、この4党が足並みをそろえたことで可決にこぎつけた形だ。法律は今後、公布や施行の手続きを経て実際に運用が始まる。成立したことで、たとえ自分の国旗であっても、人前で著しく不快感を与えるような方法で傷つければ処罰の対象になるという、これまで日本になかった新しい法律が動き出すことになる。与野党の間で最後まで一致しなかった「表現の自由」との兼ね合いをめぐる議論は、成立後も収まらず続いていきそうだ。




















