自民党の主張する「103万円の壁を引き上げると8兆円税収が落ちる」という資料の問題点

前提条件の曖昧さと推計の粗さ

2024年12月6日、国民民主党の玉木雄一郎 衆議院議員がXのポストにて、与党側が主張する『「103万円の壁」を178万円に引き上げた際の「減収見込み額」の根拠』となる資料を公開しました。

資料では「粗い試算」であることが明示されており、また「相当の幅をもって見る必要がある」とされています。この表現から、試算に用いられた前提条件が十分に精緻化されていない可能性が高いと考えられます。

自民党の主張する「103万円の壁を引き上げると8兆円税収が落ちる」という資料

前提条件の曖昧さと推計の粗さ

資料では「粗い試算」であることが明示されており、また「相当の幅をもって見る必要がある」とされています。

この表現から、試算に用いられた前提条件が十分に精緻化されていない可能性が高いと考えられます。

所得分布の偏りの影響

減収額の試算は、すべての所得層が均等に基礎控除引き上げの影響を受けるという仮定に基づいている可能性があります。

しかし、所得分布における偏りを考慮しない場合、減収額が過大に見積もられるリスクがあります。

特に、基礎控除額の引き上げは、低所得者層に対して相対的に大きな恩恵をもたらすため、実際には減収の影響が限定的になる場合があります。

他の税制要因の考慮不足

基礎控除の引き上げは所得税および住民税の減収要因として計上されていますが、同時に、消費税収の増加や経済全体の拡大による間接的な税収増加の影響が考慮されていない可能性があります。

この点で、資料の試算は片面的な評価に留まっているといえます。

一律計算による過大推定の可能性

資料では、基礎控除を1万円引き上げた場合の減収額を「所得税で約500億円」「住民税で約550億円」としていますが、これを単純に75倍して試算しています。

しかし、このような一律計算は以下の理由で不正確である可能性があります。

漸進的な控除引き上げの効果

所得税や住民税の控除引き上げの影響は、控除額が増えるに従って非線形的になる可能性があります。

低所得者層には控除額の影響が大きい一方で、高所得者層では税率が異なるため、同じ1万円の引き上げが全体の税収に与える影響は異なります。

この非線形性を無視した単純積算は、結果として過大な減収見積もりにつながる可能性があります。

税負担の再分配効果の考慮不足

基礎控除の引き上げは、低所得者層の税負担を軽減する一方で、中高所得者層の所得税や住民税負担にはほとんど影響を与えない可能性があります。

その結果、全体としての税収減少額が資料で示された試算よりも小さくなる可能性があります。

経済的な波及効果の無視

資料では、基礎控除引き上げによる経済全体への波及効果が考慮されていません。

基礎控除の引き上げは可処分所得を増やし、個人消費の増加を通じて以下のようなプラスの影響をもたらす可能性があります。

消費税収の増加

可処分所得の増加により、消費活動が活発化することで消費税収が増加する可能性があります。この増加分が、所得税や住民税の減収を部分的に相殺する可能性があります。

経済成長の促進

低所得者層を中心とした消費の増加は、経済成長を押し上げる要因となり、それに伴う法人税やその他税収の増加が期待されます。このような二次的効果が無視されている場合、資料の試算は過度に悲観的である可能性があります。

地方財政への影響の過小評価

基礎控除の引き上げは、地方税である住民税においても減収要因となるとされていますが、地方自治体による補完的な税制措置や財政調整制度の影響が考慮されていない点が問題です。

地方交付税の調整効果

住民税収が減少しても、地方交付税の配分によって地方財政への影響は実際には軽減される可能性があります。この点を考慮しない場合、地方財政への影響が過大評価されている可能性があります。

基礎控除の引き上げによる消費の増加は、特に地方経済で顕著になることが予想されます。この経済活動の活性化により、地方自治体の他の税収(事業税や固定資産税など)が増加する可能性があり、全体的な財政影響は資料の試算よりも小さくなる可能性があります。

社会的影響を無視した試算

最後に、基礎控除の引き上げは単なる税制改革にとどまらず、社会全体における所得格差の縮小や生活の安定に寄与する重要な政策です。このような社会的な恩恵が試算に反映されていない点も重要な問題です。

所得格差の是正

基礎控除の引き上げにより、特に低所得者層の税負担が軽減されることで、所得格差の是正に寄与します。このような効果が試算に反映されていない場合、政策全体の評価が偏るリスクがあります。

労働意欲の向上

基礎控除引き上げにより「103万円の壁」が事実上緩和されることで、特に女性や高齢者の労働参加が進む可能性があります。このような労働供給の増加による税収増加効果が考慮されていない点は、試算の欠陥の一つです。


上記の理由から、「103万円の壁」を引き上げることによる約8兆円の減収という試算には、前提条件の曖昧さ、一律計算による過大推定、経済波及効果の無視、地方財政への過小評価、社会的影響の無視といった複数の問題が含まれています。

この試算が持つ不確実性を認識しつつ、基礎控除引き上げによる多面的な影響を精緻に分析することが、正確な政策評価に必要不可欠です。財政影響を単に減収額だけで判断するのではなく、全体的な社会的・経済的な利益を総合的に考慮するべきと考えます。

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