
“反動ブロック”って何?――共産党の危機感
日本共産党(共産党)が言う「反動ブロック」とは、「今の日本で、保守系政党・補完勢力・極右・排外主義など、社会の後退や軍拡、人権や民主主義を壊す可能性のある勢力が、つながったり補い合ったりして勢力を広げようとしている」――そんな危険な“まとまり”を指す言葉だ。
具体的には、今の主要政党グループ(例:自由民主党=自民党 など)だけでなく、その補完とされる野党や新興政党、右傾化や排外主義に近い勢力も含まれる可能性があると共産党は警告している。
この「反動ブロック」が力をつければ、社会保障が削られたり、軍拡や憲法・民主主義の後退、言論や表現の自由への圧力、排外主義の拡大――つまり「国民の暮らし・権利・平和」が危なくなると、共産党は考えている。
なぜ「今」、反動ブロックの警戒が強まっているのか
最近、参院選などを通じて、従来の与党(自民・公明)だけでなく、その補完勢力や過激な右派勢力への支持が広がる動きがある。共産党はこれを、「自民党政治の劣化を単なる転換で終わらせず、より“反動的”な勢力に引き継がれる危機」と見ている。
また、最近提出された「スパイ防止法案」など、国家の監視・統制を強めかねない法案をめぐる動きも、共産党が「反動ブロック」の一端だと批判している。こうした法案が通ると、言論や思想の自由、民主主義の根幹にかかわる問題になる――というわけだ。
つまり、「ただ古い政治の繰り返し」ではなく、「より危ない政治への転換」が起きかねない、この時期だからこそ「反動ブロック」の警戒が高まっている。
共産党は何を訴えているか?――“新しい共同”の呼びかけ
共産党は、「反動ブロック」に対抗するために、政党や市民団体、労働組合、若者、ジェンダー運動など――立場の違いを超えて幅広い「共同」を呼びかけている。目的は「暮らし・平和・民主主義を守る政治」への転換だ。
たとえば、社会保障や医療・福祉、労働条件の改善、差別・排外主義への反対、軍拡や改憲の阻止――これらを共通の社会課題として、あらゆる人たちと手をつなごうとしている。
共産党は、この「共同」を広げることで、右傾化・排外主義・社会保障削減などへの流れを食い止めようとしている。
批判もある――“反動ブロック論”の限界と議論
ただし、「反動ブロック」という言葉や枠組みに対しては、慎重な声もある。ある識者は、「自民党・補完勢力・極右などをひとくくりにして“反動ブロック”とするのは、現実の複雑な政治を単純化しすぎている」と指摘する。
また、共産党が「反動ブロックに反対する共同」を呼びかける一方で、その共闘相手には「反動ブロック」という言葉を使わない団体も多く、共産党の主張が全面的に受け入れられているわけではない、という批判もある。
つまり、「敵・味方」を二分してしまう単純な構図に落ち入り、柔軟な対話や現実的な政策議論を妨げる危険もある、というわけだ。
“警戒”と“冷静な分析”を両立すべき
「反動ブロック」という言葉は、今の政治で「右傾化・軍拡・社会保障削減・排外主義」という流れが複数の勢力によって協力される恐れを可視化する意味で、有用だと思う。誰も気づかず進んでしまいかねない“政治の逆流”を警告する旗印になり得る。
ただ、同時に「誰が反動か/そうでないか」を安易に決めつけたり、「違う考え=敵」という構図に飛びつくのは危険だ。政治や社会は単純な左右や政党の枠では語りきれない複雑さがある。だからこそ、「反動ブロック」と言うなら――どの政策が問題か、どの政党・動きが危ないか、その根拠は何か――を丁寧に示すべきだ。そうでなければ、“警戒”は“分断”だけを広げることになる。
私なら、「反動ブロックへの警戒」はする。ただ、それと同時に、「政策ごとの批判」「対案の提示」「対話と説明」を大事にすべきだと思う。




















